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2017年11月

2017年11月20日 (月)

『橘湾岸スーパーマラニック』完走記③

島原城のCPでは収容車を見かけた。涙ぐんで座っている女性もいた。自分もはなはだ厳しい状態であった。よほどやめようかと思ったが、とにかく、黙々とルーティーンをこなした。CPのパンチを打ち、豚汁とおにぎりをいただく。靴下を替え、ヘッドライトや不要なものを預け、トイレに行って・・・・・・四万十川のことが頭をかすめた。自分から進むのをやめた唯一のレース。あのときは精神状態が普通ではなかったように思う。後からずいぶん後悔した。翌年、別の大会ではあるが、ウルトラを完走するまで、その思いに苦しめられたのを思い出した。やはり、自分からやめるのは、あり得ない。右足の状態は最悪。きっと関門にかかることだろうが、行けるところまで行こう。気持ちが沈んで、当たり前のことを忘れていた。気持ちを切り替えて、とにかく島原城を後にした。

   出発してすぐコースに迷い、近くにいたランナーに道を尋ねた。歩きながら少し話をした。その方は、昨年は関門にかかって雲仙にたどり着けなかったらしい。このペースで大丈夫かと問うと、やや考えてから大丈夫ではないかという答えが返ってきた。熊本からやってきたらしい飄々としたランナーで、話していると、こちらもゆったりとした気分になれた。可能性がゼロではなくなった気がして、少し足が軽くなった。できうる限りの早歩きで眉山ロードを上り続けた。

 ようやく、上りのピ-クにたどり着いた。普通なら万歳なのだが、右足がおかしくうまく降りることができない。幸い、次の4CP(8Aでもある平成新山展望園地)までは近かったので、なんとかたどり着いた。ここでは杏仁豆腐をいただいた。おでんもあったのだが、食欲がなくて食べられなかった。よくないパターンである。ここまでか・・・と半ば観念していた時、ふと「ロキソニン」を思い出した。ここ数年は副作用を嫌って飲んでいなかったが、ダメもとで飲んでみるか・・・。ロキソニン、胃腸薬、ウィダーインゼリー、等々を胃に流し込んだ。効いてくれ!

 10分ほど休んで、眉山ロードの下りに出発した。なぜか、さっきまでよりは具合が良かった。これなら走れるかも。ロキソニンが効いたのか、なんなのかわからないが、とにかくゆっくりではあるが走れるようになった。急坂の下りなのでスピードは上がらないが、なんとか走れる!感謝!

 無事、眉山ロードを下りきり、水無大橋に到着。だいぶ調子が良くなってきた。島原城を出てから2時間あまり。まさか、ここまで回復できるとは。ここから次のエイド(深江運動場)までは、緩やかな上り。最初は用心して歩いていたが、試しに走ってみたら、なんと走れるではないか!復活である。もう、エイドまでは走れるだけ走ってやれと、マイペースで走った。で、深江運動場まで間もなくというところで、ついに、あの人の背中を見つけた!

 詳細は避けるが、私が今年、勇を振るってこのレースにエントリーしたのは、その方に触発されたのが大である。であるから、ぜひレースのどこかでお目にかかりたいものだと思っていたのだ。お会いしたことはあるのだが、覚えていてもらっているか自信が無かった。 が、思い切って声をかけた。最初はきょとんとしていらっしゃったが、すぐに思い出してくれた。うれしかった。気の利いたことは何も言えなかったが、挨拶をして別れた。ますます足が軽くなった。どこまでも走れそうな感じになったが、すぐに深江運動場のエイドに着いたので、飛ばしすぎずにすんだのは幸いであった。

2017年11月17日 (金)

『橘湾岸スーパーマラニック』完走記④

 いよいよ雲仙越えの最終ステージである。一時期の最悪の状態は脱し、調子も上向いていたので、足取り軽く深江運動場を出発した。
 ここから雲仙温泉までの上りは、眉山と同じで厳しい。私の力ではとても走れない。ひたすら早歩きで登った。それでも、時計を見ると間に合いそうだったので気持ちは軽かった。
 12エイドの道路公園を過ぎて登っていくと、似たような道路公園があって、そこに妻が応援に来ていた。言葉をいくつか交わしただけだったが、おおいに力が出た。
 そこから雲仙温泉まではもうすぐ。上りのピークを過ぎてからは、自分との約束通りゆっくりでも走り続けた。
 雲仙地獄の中にある5CP。地獄の中に入ったのは久しぶり。懐かしかったが、その一方で、CPがどこにあるのか不安になった。本当に一番奥の方にあります!ベテランらしいランナーの方に、ひたすらついてきました。
 そして雲仙温泉エイド。ここでは、そうめんをいただいたような・・・もう、記憶が曖昧!ここで、妻と再び落ちあった。買ってきてもらっていたウィダーインゼリーをもらう。もう、この辺りにはコンビニなどありません。このエイドに着いたのが、14:00過ぎ。なんとかなりそうな時間だったので、笑顔で妻と別れた。
 この後は、新湯ホテル脇から入る、トレイルコース。足に優しいふわふわコースと思いきや、いきなり上り階段。その後は下りだったが、足下が悪く、無理して走るのは危ないかも。慣れている方は大丈夫と思うが、私のようなへなちょこランナーは安全第一に徹した方がよい。小地獄温泉の脇に出て、その後は、普通の道をまたひたすら下ってゆく。もうかなり足にきていたが、とにかくゆっくりでも走り続けた。
 最後の関門の小浜木集会所に着いたのが15:30頃。後6kmほどなので、これは大丈夫という感じ。もう一回上りがあったが、ゴールが見えてきたので全く苦にならなかった。
 いよいよ小浜温泉に降りてきた。とりあえず走れていることに感謝しながらゴールに向かっGoru_3た。40km過ぎから眉山越えまであたりが本当に苦しかったので、泣けてきそうであった。
 そして、16:23:48にゴール。いやあ、きつかった。でも、楽しかった。迎えてくれた妻と喜びを分かち合いました。
 予想では16:00頃ゴールだったが、23分遅れなら、へなちょこランナーとしては十分な 結果である。4年前の55kmに続いて、今回の103km完走ということで、いちおう湾岸ランナーのはしくれには入ったと喜んでいる。いやあ、皆様、お疲れ様でした。
 しばらくはウルトラはいいやと思っていたら、なんと来年の春の湾岸の申込みがもう始まっている。まったく、おかしな人たちがいるものだ・・・と思っていたのだが、次はどのウルトラに出ようかと考えている今日この頃である。 

2017年11月 8日 (水)

「橘湾岸スーパーマラニック」完走記②

 スタート直後は団子状態なので、とにかく前について走った。本格的な夜道走行は初めてなので心配したが、これだけ集団になると安心である。もともと満月?で明るく、それぞれが持っているライトが集まって、暗くて困ることはなかった。ただし、5km過ぎるとばらけてくるので、もちろん自分でライトは持っていなければならない。また、交通量も田舎なので少ないが、時々乱暴な運転の車も見かけるし、トラックが通るとやはり怖いので、十分注意。
 第1Aの津波見バス停は13.9km。ここにはトイレがある。ただ数が少ないので渋滞気味。このレースは仮設トイレは無いので、あらかじめトイレの位置を把握しておいた方がよい。渡された地図に載っていないトイレもあり。初めてなら下見することが望ましいと思う。ここまでは計画通り、ほぼキロ7分で通過。
 1CP兼2Aの口之津フェリーターミナル(21.4km)もキロ7分で通過。ここのエイドではゼリーをいただいた。美味しかったが、もちろんエネルギーとしては不十分。その後見つけたコンビニでウィダーインゼリーを補給。この辺りから島原にかけてはコンビニが点在していて便利だった。
 この頃から、前後にランナーの姿がちらほら見えるものの、ほぼ一人旅。時々、抜いたり抜かれたりするという感じ。良い意味で淡々と走って行った。
 原城への分かれ道が心配だったが、表示と下見のおかげで迷わなかった。原城跡には、2CPと3Aがあって、多くの人で賑やかだった。心霊スポットとしても有名らしいが、これなら大丈夫。ここのエイドでは中華粥をいただいた。
 さあ、島原まで26km。島原まではほぼ平坦なので走り続け、後半の二つの山登りで頑張る・・・というのが誰もが思うことであろう。私もそうだった。過去のウルトラを振り返っても決まったように疲れが出てくるのは70kmくらいなので、島原まではペースが落ちることがあっても、まあ走り通せるだろう・・・そう思っていた。ところが、思うとおりにいかないのがレースである。原城を過ぎた辺りから疲れを感じるようになり、やがて右足に異変を感じるようになった。膝まわりがどうにもおかしく、力が入らない。40km過ぎると、上りが走れなくなった。やがて、走ったり歩いたりを交えなければ前に進めなくなった。
 補給が足りない?夜間走行で変な力が入った?上りを頑張りすぎた?長い距離を走る練Photo 習が足りなかった?様々なことが頭を駆け巡ったが、とにかく前に進んでいった。かなり気持ちは沈んだが、夜が明けて、朝日に照らされたお山を見てやや気持ちを持ち直せた。
 しかし、疲労感はつのる一方で、5Aから島原までの6.6kmが遠かった、遠かった。やっとのことで島原城にたどり着いた。
 平坦とは言え、ここまでは頑張りすぎないことが大事。最初の30kmが調子よかったので、飛ばしたつもりはないのだが、知らぬうちに小さな無理を重ねていたのかもしれない。異変をきたさないように、ゆっくりすぎるくらいのペースで行った方がいいのだろう。
 とにかく、7:00過ぎには着くつもりだった島原城に到着したのは8:19であった。一息はついたが、右足の具合は回復せず、これではとても山は越せないという絶望感が大であった。ほんと、トホホな状態だった。
 

2017年11月 6日 (月)

「橘湾岸スーパーマラニック」完走記

 橘湾岸のHPに結果がアップされた。私の記録は16時間23分48秒。まあ、時間はどうでもいい。完走できて満足である。
 
 11月4日の午後、小浜入りした。早々に受付を済ませて、口之津までのコースを下見した。コース全体の下見は先週に済ませていた。このコースは山奥深い秘境ではないのだが、田舎なので、トイレやコンビニの位置が偏在しているので、下見は大事だと思う。
 受付会場になっている宿の一室で、選手は待機できるらしいが、小心者の私はとてもリラックスできそうにないし、妻も同行していたので別にホテルをとった。
 早めに夕食をすませ、宿泊ホテルの温泉に入り、18:30には寝た。というか、ベッドに横になった。思ったよりは眠れたと思う。22:00には起きて軽食を摂り、レースの準備にかかった。服装は、ファイントラックの上下、CW-Xの上下、ノースフェイスのTシャツ、短パンにした。私は寒がりなので、結局最後までこれで通した。(山登りの途中から、前述の服装にウィンドブレーカーを着た。)
 23:30、妻に見送られてホテルを出発。スタート地点まで10分足らずで着いた。そこには、チカチカライトやヘッドライトをつけたランナーたちが集結していた。運営者の方が、場つなぎP_20171103_234456に注意や四方山話をしている。ゼッケン番号と指名を書いたカード(受付でもらいます)を所定の箱に入れるのを忘れないように!
 8月からのトレーニングの成果がいよいよ試される。スタートへの気分が盛り上がってきた。ゴールの瞬間はもちろん最高だが、スタート前のこのときめきはたまらない。
 いよいよスタート。「いきますよお。」という緩い感じでスタートとなった。ライトの列が道路に帯となって飛び出していく。さあ、103kmの冒険の始まりである。

2017年11月 5日 (日)

完走『橘湾岸スーパーマラニック』

 今朝は9時過ぎに筋肉痛の中、目が覚めた。11時間ほどぐっすり寝たようだ。
 楽しみにしていた『橘湾岸』が終わった。無事完走できたので満足。うれしくて、ゴールで時計を止め忘れたので記録は?たぶん16時間23分くらい?まあ、記録なんてどうでもよい。完走できただけで大満足。スタッフ、他のランナーの皆さん、お疲れ様でした。同行してくれた我がワイフ、ありがとう。

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